第73回粒々塾講義録

テーマ「現在を考える〜歴史の転換点」

「8月6日は何があった日?」塾生への質問から講義が始まった。
1945年 8月 6日  8:15分 広島に原子爆弾投下
8月 9日 11:02分 長崎原子爆弾投下
8月15日  終戦

歴史には転換点がある。先の戦争がそうだった。
戦後72年が過ぎ、日本人の約7割が8月6日に原子爆弾が投下されたことを知らない。これも一つの転換点の象徴だと言える。歴史は繰り返す。知らない人は知る努力をしなくてはならない。努力をして、学んで、学んだからこそ走ることができる。見て、聞いて、知って、学んで、それを伝えていく。日本にはそういう未来が必要であり、“未来”この言葉がこれからのキーワードになってくる。

[今月の推薦図書]
はだしのゲン「わたしの遺書」中沢啓治

非核三原則。核を「もたず、つくらず、もちこませず」
今、唯一の被爆国・日本が持ち続けた理念が揺らぎ、「核を持つことは違憲ではない。」と政府は言いはじめている。日米安保条約非核三原則アメリカの核の傘にある日本。これを信じきってきた日本だったが、トランプ大統領の出現によってこの傘はやぶれ傘となった。日本の安全保障をめぐって言われてきた考え方も転換点を迎えている。

愚者は経験に学び賢者は歴史に学ぶ。 〜ビスマルク

経験がなければ現在は無いし、未来も語れない。賢者と愚者。経験と歴史。聖人と言われる人も経験から悟っている。先人の経験から教わることは沢山あり、その経験から学んでいることが多い。

来年終わるであろう「平成という時代」。
再来年、日本の元号が変わり、平成という時代が終わる。ここ100年余り、日本は天皇が変われば元号が変わってきた。元号は時代を区切るのに便利なものだが、変われば何もかも済むわけではない。
私たちは昭和と平成を生きた平成天皇と皇后の姿から、たくさんのことを学んできたが、それがどうなるのか。ここでも転換点を迎えている。

* IT(インフォメーション・テクノロジー) 情報技術。
SNSソーシャル・ネットワーキング・サービス
個人間のコミュニケーション促進、社会的ネットワークの構築支援、インターネットサービス。
* AI (アーティフィッシャル・インテリジェンス) 人工知能

・3つの事から考えて見る。
① ITから始まってSNSに支配される時代。
スマホの拡がりに代表されるIT機器の拡がり。今となっては誰も否定できないネット社会。
電子マネー、ネット、カメラ、音楽、ナビ。災害地ではツイッターが役に立つこともある。大抵のことがスマホで出来るようになり便利にはなったが、イジメ問題の根底にあるLINE(ライン)、歩きスマホ事故増加など、社会問題化も進んでいる。

南山大学 坂本俊生教授
「今までは自分は情報システムの中での小さな存在の一部だと思っていた人達がSNSの中で自分をひけらかす様になってきた。ひけらかす世代。」

情報技術の進歩により人間関係が希薄になる社会。IT、デジタル、ロボット技術の進歩とAI,人口知能が活躍する時代。車の自動運転化をはじめ、原発事故の処理、医学の世界でもロボットが必要になっている。この転換点を考えたとき、第11回粒々塾「便利さがもたらしたもの」で学んだ「ネットリテラシー」の重要性を思い出す。経済成長の面でも、AI導入で労働コストを削減し、生産性を上げることは出来る。しかし、新しい価値への需要は生み出せない。将来(未来)のことはAIでは出来ない。AIは保守的な性格を持つIT革命の産物であり、過去の延長で未来の予測は出来ても、未来を創ることは出来ない。
しかし、人間は歴史を学ぶことで未来を「革新」できるのだ。

人間はAIに勝てるか?
昔から人間は機械に負けている。人が走って自動車のスピードには勝てない。しかし、人間は自動車に負けたとは思はない。人は自動車を人間生活の補助として使いこなせる社会をつくった。機械との競争ではなく、機械と共存できる社会をイノベーションしたのだ。私たちは人間にしかできない英知を養い、機械頼りではなく、常に機械を使う位置に立つ必要がある。技術革新というものは便利さと人間性との間にある「両刃の剣」。そして、この背景には分散構図1対99(1%の金持ち:99%の一般国民)といった金儲けの存在がついてまわる。

② 人口が減少していく社会。少子高齢化が猛スピードで進行する時代。
人口が減少する時代には転換を促す大きな作用がある。昭和の終わり、福島県の人口は220万から230万人になると言われたが、現在の人口は188万4千人(推定)。人口問題は日本全体の大問題となっている。人が減ると人と人との関係が変わり、それまでの社会システムが維持できず、新たな舞台装置が必要になってくる。それがインターネットだと言うことにも繋がる。
国も的確な政策を打ち出せない。だから「一億総活躍社会」のスローガン。
1億2,700万人の日本の人口は、約50年後の2060年には約8,700万人に減ってしまうという。国はこれを「新3本の矢」で「1億人」に留めるため、経済を成長させ社会保障をはじめ、様々な形での支援を言っているが、15歳〜64歳までの生産年齢人口動態から考えると、今後、労働力は減少し、高齢者が増えていく。それでは社会保障は成り立たないのではないだろうか。
人口問題の学者が口にする「合計特殊出生率」。1人の女子が生涯に生む子供の数を近似する指標だが一般人にはわかりにくい。そして年間10万人の「介護離職者」。介護のために職業を辞める人を指すが、施設をつくり社会保障で支えるのは高いハードルとなる。

これまで、日本の年金は世代の後代負担制という考えで成り立ってきた。自分のためではなく高齢者のために支払うといった世代交代の循環型の思想だったが、すでに崩れている。
経済的理由、社会的価値観から年金を支払わない若い世代が増え、次の世代にバトンを渡せず、いつの間にか単独走になってしまった。私たちは少子高齢化、人口減少の社会で生まれた大きな歪みの中にいる。若い世代の不安を解消するためには、誰もが安心して暮らせて、働ける社会をつくること。それが次の支え手をつくることになる。

③ 世界最大のスポーツイベントとして繁栄しつづけた「膨張五輪」は限界にきている。
2020年7月24日から8月9日に開催される東京オリンピックは「復興五輪」と名付けられているが、被災地と五輪はまったくリンクしていない。そして、何故この時期に開催されるのか。
これはアメリカの3大TVネットワークなどの放送機関にとって都合の良い時期に他ならない。
海外からもたくさんの人がやって来る。しかし、終わったら帰る。消費が伸びるが買わなくなったら落ちる。造った施設、建物がそのまま残る。経済波及は一時的なものであり継続はしない。終わった後は何が残るのだろうか。ここに既得権益者のたくらみが垣間見える。

エスタブリッシュメント既得権益者)が一体となって進める時、市民は懐疑心を抱く。なにかおかしいことをたくらんでいると」。 〜IOCバッハ会長〜

2020年以降のオリンピック候補地はパリとロサンゼルスしかない。そのあとはどこもない。
平和の祭典での熱狂の中、過去はある程度、経済成長とリンクしてきたが、これからのオリンピックは、開催国の経済・財政事情とは相反することになる。

復興五輪とは何か。どうしても復興には結びつかない。
元女子マラソン選手、IOCスポーツと活動的社会委員会メンバーの有森裕子氏も、やわらかくオリンピック返上論を言い出している。オリンピックファーストとアスリートファーストいう言葉が生まれているが、とくに有森はアスリートファーストに対して違和感を表明している。

オリンピック憲章 第1章6−1
「オリンピック選手間の競争であり、国家間の競争ではない。」

しかし、今や誰もが国家間の競争オリンピックだと思っている。東京オリンピックの招致に関わってきた有森はオリンピックに関わる人間関係、金銭といった裏を見て、選手をアスリートといった綺麗ごとで競技させることが選手のためになるのか。東京オリンピックの招致の一番目的は復興だったはず。スポーツによって日本を元気に変えよう。手本になる国を目指そうとしたが今は違う。
どこを向いているのか。何をやろうとしているのか。「スポーツも文化もすべて社会で人間がきちんと楽しく、平和に健康でいられるための手段の一つ」。社会手段の一つなら、オリンピック、アスリートではなく、社会ファーストであるべきだと言っている。

昔から「オリンピックは政治に関わらない。政治はオリンピックに関わらない。」と言われてきたが、純粋なものではなくなった。このままだとオリンピックはロサンゼルスで終わるのではないだろうか。
オリンピックの意義を考える。このことも転換点の一つ。

以上、今回の講義は大きな時代の転換点を迎えている日本を「ITとSNS」、「人口の問題」、「五輪(オリンピック)問題」。3つの切り口で、歴史の転換点から考えるという内容だった。

塾長曰く、転換期には一度立ち止まって考える。これが必要。現在の日本は立ち止まっていない。走ろうとしている。一呼吸が大事。人間の体も心も国も一呼吸することで、一旦停止することで持続可能になるのではないだろうか。

第11回粒々塾メモの一節。
夏目漱石の言葉。「人間の不安は科学の発展から来る。進んで止まる事を知らない科学は、かつて我々に止まる事を許して呉れたことがない」。先人の言葉は深い。

講義録を記しながら、6年前を振り還った第73回の粒々塾であった。

(宮川記)