第28回粒々塾講義録

アメリカでは9.11。日本では3.11の一年半後。
ちょうどその日にあたる今回の粒々塾は異例の
ドキュメンタリー映画鑑賞でした。

福島第一原子力発電所事故発生40日後の浜通りの光景や、
住民が住み慣れた故郷から避難させられ、警戒区域となる直前の飯舘村
いわきの風景や被災者へのインタビュー。。

私は昨年の大震災を題材とした映画が遅かれ早かれ撮影放映されるだろうと
想像には難くありませんでしたが、未だ困難に直面している私達福島県民の
苦境を矮小化してしまうのではないか、はたまた、人の不幸を芸術の種にして
許されるのかという釈然としない思いがどこかにありました。

しかしながら、映像そのものは終始静かで、穏やかで意外性を感じました。
福島の被災地〜元々そこにある自然風景と対比させながらのナレーション、
インタビューと、そこに込められているメッセージを映像によって個々の
感じ方で観る事が出来、様々な角度で捉えられるからです。

一方で私は、30km圏内の真実に正面から向き合う機会が事実これまでは殆どなく、
瓦礫や無人の集落の映像、写真はテレビや報道等で見ていても、
心のどこかでその非日常性から無意識に目を背けていました。
日に日に日常を取り戻し、「忘れてはならない、風化させてはならない」と
感じつつ、目の前の安穏な暮らしに慣れ、
震災そのものが忘れ去られようとしている事が危惧される今日。

Seeing is believing 〜百聞は一見に如かず〜との諺があるように
目の前の映像がある事に依って、見る事は信じるべき現実の姿でありつつも、
見えるべきものを見ない、見ようとしない、「合わせ鏡」なのだったのだと
実感しました。

20km圏内で野生化しつつある牛の群れのシーン。主を失い、
不安な目で彷徨う牛の表情を見てこの世の無条理を感じました。
事実たくさんの牛が厩舎の中で給餌されず死んでいったという話も聞きました。
しかし同時に本作は自然の中でゆったりと暮らす牛の群れも
それを包み込む自然の雄大さや力強さも描写されていました。
いずれは家畜として往生する筈だった牛達の運命に想いを馳せると
本当に身勝手なのは人間なのでしょう。

日本人は元来、サムライではなく農耕民族であり、
自然相手に農業、畜産業、漁業を営んできました。天災や気候変動などには
柔軟な理解があり、自然と向き合い、共生してきました。
しかし、人災である原発事故、放射能兵糧攻めに対して
何も出来ないもどかしさ、加えて放射能という目に見えない敵、
劇中では名指しこそされていませんが、不可視とも言える敵に戸惑いを
感じない筈がありません。
「早く家に帰りたい。」と...
それでも、地元の人々が快くインタビューや映像に出演して下さっています。
被災地におかれても尚、犬の散歩をして犬のフンの後始末する姿。
インタビューの後、丁寧にお辞儀をして帰る夫妻。お墓参りをする姿。etc…
これらは日本人という農耕民族に根ざした国民性に備わっている律儀さであり、
これも一つのメッセージなのだと感じた次第です。

また、原子力発電所に付随して、原子炉を取り囲むように森林が存在し、
その全容が見えないというシーン、日本ではこういったものが常に
隠されているというナレーション、そこには原発誘致にかつて奔走した
地元の人々、原発の恩恵を受けてきた人々、鎮守の森のように原子炉を取り囲む森、
あたかもそこが神域であり、地元発展の為の信仰の対象だったのではないか、
原発に向かう道路が現世と幽世との境であったのではと読み取れます。

これは日本の国民性に対する強烈な警告です。
この国は福島を教訓として脱原発へ向かうのか、
それとも更なる核推進に走るのか、未来へ至る国民の想いと国家としての意思決定、
その過程が外国の方の目にはブラックボックスに映るのではないでしょうか。
福島県民の想いはどのように反映されるのかと...

それでも季節は回り、被災地にも春が来ます。挿入されていた桜のシーン。
皮肉にも綺麗な景色は変わらずそこにあり、
そこが死の町になるというイメージも感じ取れません。

そしてお墓や神社、全体の細部に渡る風景も「カミ」の位置づけ、
即ち災害も破壊も災厄ですら「全てが神々」であるという
日本古来の土着信仰に基づく道祖心、日本の自然信仰や禍事への
畏怖といった日本人の感情を西洋的なアニミズム史観から
描ききっている作品と受け止めました。

ひとつひとつのシーンやカット全てに意味が込められており、
単なる震災やフクシマの問題を超えた、人間とは何か、
世界のあり方とは何かというところまで見通した映画です。
日本にとどまらず外国の方の琴線にも触れるように
丁寧に創られていると感じました。訴求力のある本作が一人でも
多くの日本人の眼にとまる事を願って止みません。
去年の今に立ち返る意味でも...

今までの塾で講義されてきた内容の大半が凝縮されている映画だと思います。

橋本久美江記